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無理しちゃイカン 

朝から頭が重くて身体も痛くてスッキリしなくて

だけど薬を飲む程じゃあ無いし

身体を動かす事も必要だからと

ストレッチしてもスッキリしないし

頑張って洗濯や片付けしてたら

昼には頭も身体も痛くなっちゃった


訪看さんには無理をするなと言われているから

無理なんてしたつもりは全然無いのに

2時間足らずで電池切れ





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一人じゃないよ 



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夕べはぐったり疲れていたのになかなか布団に辿り着けなくて、朝起きたら11時前で飛び起きたのはいいけれど、昨日の気温差と低気圧のバカヤローのおかげで頭と身体が痛くて堪らない。

それでも用事があったから何とか外出はしたけれど、頭痛も身体の痛みも増すばかりで『もう今日は何もしない』と決め込んで、ロキソニンと頓服を飲んでエアコン切ってロフトに上がろうとしてた時、苛々としながら探し物をして居たら『コロリ』と懐かしい物が落ちて来た。


まだ私が実家に強制送還されてた頃、ODとリストカットと過呼吸発作を何度も繰り返し、衝動的な行為ばかりで離人症まで発症したのに、何度も入院を拒み続けて来た挙句『今ならまだ任意で入院できるから。このままじゃあなたの命に関わるのよ。其れ位事は切迫してるのよ。』と、当時通っていたクリニックの先生に説得されて今の病院に入院したのが3年前の夏の事。

元々は一人部屋を希望していたんだけれど、狭い2人部屋で数日間一人で過ごし、他人と関わりたくないから食事も病室に持ち込んで、あまりの量の多さに食事を摂る事すら苦痛で堪らなくて涙が出る程だった。

程無くして同室になったのは、私の妹よりも若いコで戸惑ったんだけれども、相変わらず他人と関わりたく無い私は間仕切りのカーテンを開ける事も無く、声を掛けられない限りは自分から話し掛ける事も無かった。

だけど私の居た病棟は急性期病棟だったから、とにかく患者さんの移り変りが目まぐるしくて、同時期に入院して来た患者がどれだけ居た事か。
時期を同じくして入院して来た事も手伝ってくれたのか、同室のコとも他の患者さんとも打ち解けられる様になった頃、私が実家の問題で夜になると過呼吸発作を頻発する様になったのもその頃で、NSで手当を受けてぐったりと部屋に戻ると、いつも私のベッド脇には心配の言葉や不安が綴られた小さなメモが置いてあった。


そんな彼女はみんなから妹の様に可愛がられていたけれど、家庭の事情と主治医の治療方針で意見が食い違ってしまい、急に退院すると聞かされ本当に呆気なく退院していったけれど、しばらくして他の病棟仲間の退院祝いにひょっこりと病院の中庭に来た時に、その日たまたま外に出られ無かった私に後から差し入れと一緒に渡されたのは、小さな額に入った手描きのメッセージ。


彼女の事は忘れてなんかいないけれど、たまたま転がり落ちて来たメッセージを読み返して、昨日といい今日といい『負けるんじゃないよ』と、妙なタイミングで昔の仲間に優しく背中を押された気持ちになって、『苦しいのも辛いのも自分1人だけじゃないんだよなぁ』と思ってたら、思い掛けずに涙がポロリ。




    『ちゃんと闘ってきたから、乗り越えてきたから

     次のハードルがあるんだよ。


     何回でも、切り替えて

     何回でも、立ちなおって

     何回でも、楽しもうと思えるじゃん。』





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認めてあげられられなかった 

精神科の診察が前回と前々回共入院患者さんの診察とダブってしまい

何時もより診察時間が取れないって言われたのに

2回とも半分位は雑談状態になってしまって煮え切らない思いをしていた。



今日の診察迄に本当に色んな事ががあり過ぎて

病院に着いて頭の中を整理しようと待合室に向かったら

ちょうど同じ頃に入院していてよく話しを聞いて貰って居たおばちゃんに出会して

私の顔を見るなり「元気?・・じゃなさそうねぇ・・」と声をかけられた。



すぐに私の診察の順番がまわってきて先生に怨みつらみも訴えつつ

とにかく必死にここ最近の出来事を話していたら

今日は時計を向けられた時には30分経って居た。


とりあえず話す事は話せたけれど

話しがとっ散らかったりすっぽ抜けたりするのは

頭の中が纏まらない所為だからと言われて

『あぁ、やっぱり元カレにも指摘されたけどどうしようもないのかなぁ』

と思いつつ

忘れないうちに一生懸命ノートに診察のやり取りを書いていたら

いつの間にか診察を終えたおばちゃんが目の前に居てバスの時間迄話しをしてた。


おばちゃんは帰り際に私より1本前のバスに乗る前に

「こんな病気になんて誰もなりたくてなった訳じゃないんだし

ずっと付き合っていかなきゃいけないんだから

自分の事を責めたりしないでいればきっとそのうちいい事もあるから」

と笑顔で「またね」と手を振ってバスに乗り込んで帰って行った。



ほんの数日前に元カレのアパートへ転がり込んで居た時にも

「なりたく無くてもなっちまったもんは仕方が無いじゃねぇか」と

まるっきり同じ事を言われたばかりなのに



よくよく考えてみれば

『理解されない』『同じ立場にならなきゃわからない』と

散々身内や周りの人達に訴え続けて来たけれど

結局は一生付き合っていかなきゃいけない自分の病気を

未だに受け入れる事が出来て居なかったんだと気が付いた。



暴発しても頭の中が突散らかってどうにもならなくなっても

感情の波に振り回されまくって喚き散らしたり何も出来無くなったり

今はまだその症状が治まらないんだから焦ったって仕方が無いんじゃんか。

受け入れて付き合っていくしかないじゃんか。





おばちゃんを見送った後に橋を渡って薬を取りに薬局へ行ったら


先週は六部咲きだった桜が綺麗に咲いてて風で花びらが舞っていた。












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堂々巡りの現実逃避 

先週の診察後から色んな問題が山積みで

それをやっつけるのに精一杯で

やっつけたらやっつけたでまだまだ問題が山積みで

相変わらず頭の中はこんがらがってもう暴発寸前で

日曜の午前中にまた何も出来ずに過ごして居たら

携帯が止まっていた元カレから一言メールが届いた。


返信するのももどかしくてすぐに電話をかけて

グダグダと話しを聞いて貰って居たけれど

そのうちそれすら焦れったくなりまた元カレのアパートへ転がり込む。


自分がしている事が現実逃避だと云う事は重々承知なんだけれど

ただ話しを聞いて貰って一緒に居てどれだけ楽になれた事か。



それでもやっぱり私の頭は突散らかってるから

話しをしてても自分でも何を言ってんだかわかんなくなるし

涙目になる度に「面倒くせえから泣くな!」と言われるし

相も変わらず脳ミソは云う事を聞いてくれずに迷惑かけっぱなし。





現在現実逃避の真っ最中。





ホントはもっと甘えたいけど



彼女でも無いキチガイが



突然此処に来る事自体が




現実逃避で



堂々巡りで



ただの甘えなんだよね。





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病院近くの桜の木 





今日の診察も先生に色々と言われて

別に凹んだりはしなかったんだけど

一先ずは診察が終わった後に

病院沿いに流れる川を歩いてみた。


桜の花はまだ六部咲きってところかな。


バスの時間があったから

水車小屋迄行けなかったよ。




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解っちゃいるけど愚痴たれる 

先週から訪看さんさんが来る時間が1時間早くなった。

夕べは寝るのが遅すぎて、起きたらもう10時半。
また何も出来ずに鼻水と闘っているうちにあっという間に1時になって、訪看さんがやって来た。

無意識にずっと鼻水を啜り目をゴシゴシと擦りながら話していたら、「だいぶ辛そうですねぇ」と言われて「去年の比にならない位シンドくて、外出用に貰った頓服を結局毎日飲んでもこの有様で、朝から晩迄鼻と頭痛と落ち着かない時様の頓服祭りなんです。」と答えた。

「先週訪問した時にも花粉症の症状が酷くてノートに起きた時間と服薬の時間位しか書けてなかったけど?」と聞かれ、「ビールの量は減ったけれど、あんまり状況は変わらないんです。目の前にやるべき事が山積みなのに、体調の悪さで気力も落ちちゃって、変な時間にうたた寝してたりしてるんです。先週の診察も先生にあまり時間が取れないって言われたのに、話しが纏められないどころか脱線しまくりで、アルコールに依存する様になっちゃった事を言ったら『それじゃアル中まっしぐらじゃん』て言われちゃいましたよ。」と言ったら「あぁ、ちゃんとその事は話したんですね。だけど先生は昼間から飲んでいるからそう言ったんだと思いますよ。」と言われた。

散々自分の生活の先行きを不安に思いながらそれを訴え続けて居たのに、此処に来てまさか花粉症でこんなに体調もメンタルもやられるとは思ってもみなかった。

それを先生に叱咤されても自分で自分の首を絞める様な生活が続いていて、目の前にやるべき事が山積みなのに、それすらも手を着けると直ぐに気が散って他の事に気が行ってしまう。

以前程iPadに張り付いたままの生活ではないけれど、それでもブログに記事は上げている。


そんな事をつらつらと話していたら「前は『ライヴに行きたい』とか『写真を撮りたい』って言ってたじゃないですか?今はそういう気分にはなれないんですか?」と聞かれ、「行きたいのは山々なんだけれど、やっぱりお金がかかっちゃうから、今月末に絶対に行きたいライヴがあったんだけど、もう余裕がありません。それよりも最近は読み直したい本が沢山あるのにちっとも読み返せなくて、昨日、丁度私の好きなジャーナリストの命日だったからその記事をブログに書きたくて、その人の本を読み返したかったんです。」というと、訪看さんは本棚を見上げて「そう言えば夜魚さん、本が好きなんですねぇ。あの映画、有名になりましたもんねぇ、C2ですかぁ(私はC5)、『まさかの巡り会い』ですねぇ」と呟いた。

私は訪看さんに「私が大好きなミュージシャンも亡くなってるんだけど、その人の命日も私の中では大切な物なんです。」と言うと「そういう気持ちを持てるのっていい事だと思いますよ。」と言われたけれど、その後に上げた記事が自分の中では未消化なままで、本当はもっと時間をかけて書きたかったのに、自分の混乱した頭の中とごっちゃになって、それに拍手がついた事がまた自分の中で消化出来ずに居たから、その事を訪看さんに話して記事を読んで貰った。

訪看さんは記事を読んで「これは私も拍手します。夜魚さんは納得がいかないんだろうけれども、私にはとても深いです。」と言ってくれた。

訪看さんは以前にも私のブログを読んで「惹きつけられる」とか「もっと読みたいと思わされる」と言ってくれたけれど、今回ばかりは素直に喜べ無い。

ずっとずっと想い続けて来た事が、色んな事とこんがらがってごっちゃになって、中途半端な記事になっちゃったから。


別に物書きを目指している訳でも何でもないんだけれど、もっと時間をかけたかったと、最後迄グズグズと訪看さんに愚痴をこぼしていた。




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神様の人減らし 

今日は鴨ちゃんの命日で、朝から改めてWikipediaで鴨ちゃんと橋田さんの足跡を辿っていた。

未だに馬鹿馬鹿しい内戦は終わらず、その後も日本人ジャーナリストが戦地に向かい、志し半ばに何人も犠牲になっています。


地球に現れた愚かな生き物は争い事を止められない生物で、太古の頃から殺戮と略奪を繰り返し続け、天災に逢いながら国を滅ぼして来て、何万年も経つ内に地球上には人が溢れ返り、自然を壊して迄自分達の住処を造り、自分達の手で地球を壊して居る。

だから私は戦争も天災も『神様の人減らし』なんだと昔から常々思って居りました。



今日はお彼岸の中日で、地下鉄サリン事件から丁度18年。

此の所テレビを観ていると震災関連の番組もとても多い。


戦争でも天災でも事件でも事故でも、生きたかった人達がどれ程犠牲になって、残された遺族の消えない心の傷はどれ程測り知れない物なのか。

それでも立ち上がって前を向いて歩き出して居る人達を見ていると、今ここで自分の辛さを喚いているだけの自分がとても不甲斐無いのです。






    神様は時として残酷なものだ。


    



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酔いがさめたら、うちに帰ろう 

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気付けば早いもので

今日は鴨志田穣の七回忌。


名前だけだとよく解らない人が多いんじゃ無いかと思うけれど、西原理恵子の漫画で毎日かあさんの『おとしゃん』と言えば解る人も多いだろう。

元々アングラ時代からの西原理恵子が好きだったから、ずっと漫画を買い漁って読み続けていたうちに『鴨くん』と云う名で登場して来たのが始まりだった。

その後『アジアパー伝』と云うシリーズが始まって、そのシリーズで漫画と連動して自らの体験をエッセイにして書いていたけれど、馬鹿馬鹿しい話や色んな国の人との触れ合いや、笑うに笑えない辛辣な現状が其処にあったり、文庫本になってもまた買って何度も読み返す程好きなシリーズだったんだけれども、結局は離婚と氏のアルコール依存症の為だったのか、シリーズは完結してしまって寂しい思いをしていた。

そのうちにネットで連載が始まってずっと楽しみに読んでいたんだけれども、更新が滞る事が度々あって、その度に『体調が思わしく無いんだろうか』と思いながら、確かネット連載も途中で打ち切りになってしまっていた。


暫くして『酔いがさめたら、うちに帰ろう』というタイトルで、初めての自身の著書が出た時に、形になった事が嬉しくてしょうがなくて、何度も繰り返して読んでいた。
だけど著書の最後で自身が癌に侵されていたという所で話は完結していた。


初版本が出てから僅か4ヶ月の1997.3.20。

鴨志田穣 永眠。


カメラマンになりたくて単身でタイに渡り戦場ジャーナリストの橋田信介に出会い弟子入りして、その頃に受けた体験がトラウマになり極度のストレスからアルコール依存症になってしまって何度も何度も吐血して、入院してはスリップの繰り返しで、アルコール依存症は克服したのに最期には癌で亡くなってしまった。


後に映画化もされて見に行ったし文庫版になって改めて読み返してみて驚いた。
ちょうど本の舞台になっているのは、正しく私が入院して今も通って居る病院なのだから。


勿論、固有名詞なんて一切出て来ないけれど、文中に出て来る『火曜日はカレーの日』だとか、病院の前に流れる川沿いにある水車や蕎麦屋の話など、退院してから読み返したらもっともっと光景が鮮明に伝わって来て、入院していた同じ病棟の下の階にあるアルコール病棟を眺めては『あぁ、ここに鴨ちゃんが居たんだなぁ』と、思うと不謹慎ながらも親近感すら湧いて来る。


金曜日の診察が終わったら、きっと桜も咲いてるだろうし久々に病院の前の川沿いを眺めつつ、大好きな鴨ちゃんを偲ぼう。




『天寿はまだ先』
http://morphine09.blog26.fc2.com/blog-entry-220.html

『アル中が一人逝く』
http://morphine09.blog26.fc2.com/blog-entry-254.html

『再開はお別れ会』
http://morphine09.blog26.fc2.com/blog-entry-264.html

『戦場カメラマンの唄』
http://morphine09.blog26.fc2.com/blog-entry-370.html


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云う事を聞かない脳ミソと足 

アパートの契約更新の手続きの為に

どうしても市役所の生活福祉課に行かなきゃいけない。

不動産から書類が届いたのはもう1ヶ月も前で更新期限は今月の25日。


病院に行く度書類を持って帰りに市役所に寄ればいいだけの話なんだけれど

担当のCWに不愉快な思いをさせられた挙句猛烈な怒りを受けてからと云う物

『行かなくちゃ』という気持ちとは裏腹に毎週毎週市役所へ足が向いてくれない。


今週の診察日の後じゃ手続きが間に合わなくなっちゃうから

今日こそは何が何でも市役所に行って担当の上司に対応して貰おうと気負って居た。


なのに頓服飲んでも泣きたくなる程気分が重くて支度をしても動けない。

あれ程嫌な思いをさせらたからなのか担当CWの顔すら見たくない。

その思いが強すぎるのか市役所に行く事がこんなに辛い物なのか。



以前たまたま担当CWの上司と顔を合わせて話した時に

「電話代もかかるだろうから、何かあったら電話して折り返す様に言って下さい。」


そう言われた通りに電話をかけて一通りの事情を説明したけれど

更新料の振込み迄の日数もかかるから

やっぱり明後日には何とか這い蹲ってでも行かないと。




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繋がらない 

キミが何してるのか気になって


躊躇いながら電話した


聴こえて来たのは呼び出し音じゃなくて


『ご都合によりお繋ぎ出来ません』のコール




・・携帯


止まっちゃったのね





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