FC2ブログ

遅咲きの高貴な華 

image_20130529140045.jpg


Jeff Buckley 【GRACE】V.C ver.


私はこのV.Cを96年頃から今の今迄何百回となく観続けてきたけれど、未だに必ずエンディングで鳥肌が立つ。




遅咲きの高貴な華との出会いは94年のデビューアルバムが出た時の事。

今みたいに簡単に音楽の情報収集が出来なかった頃に、たまたま愛読していた雑誌で興味を持ったのが切欠だった。



長い長い下積み経験と挫折を味わい、バーの片隅で弾き語りをして27歳にして遅咲きの高貴な華を咲かせた。







95年にたった一度だけ来日して、その声と気迫とステージングに圧倒されて、ただ息を飲んで最後迄身動きも取れず終いだったけれど、あの時、同じ空間に居られた事とCDでは味わえる事が出来ない体験が出来た事は、未だに私の貴重な宝物になっている。



その翌年に引越しをしてCATVを入れた事もあって、先に上げたV.CやLIVEを録画して何度も何度も繰り返して観続けて、ブート盤や輸入盤を買い漁ってCDもビデオもボロボロになってしまう程。




何故そんなに惹き込まれるかって?




それは以前にも書いたけれども、この人は自分の命を削って迄でも曲を創って歌い続けて来たと思うから。


どの曲を聴いていてもそれ位の気迫と優しさと儚さを感じさせるから。






JEFF BUCKLEY
1997.5.29 享年30歳
アメリカ ミシシッピ川で溺死
遺体が発見されたのは死後5日も経って居た




お酒も入ってたと云うし気分が良かったんだろう


夜のミシシッピ川で泳いでみたくなったんだろう


子供の様にはしゃぐJeffの姿が目に浮かぶ様だ


(Jeffはドラッグなんかやってない!)





高貴な華は死後も人を魅了し続け今も大輪の華を咲かせ続けている




【GRACE】full album

↑これは死後になって発売された物なので、オリジナルアルバムには最後の曲は入っていません。






*****



この記事を書く為に久々にJeffのWikipediaのページを覗いてみたら、新しく書き加えられた項目が目に止まって涙が出た。




彼も双極性障害を患っていたんだ。




関連記事
スポンサーサイト



私はアホか? 

ここ数日間で自分の書いた膨大な記事を


コメントも含めて全て読破




『読む』事は出来ても

『書く』事が中々出来ずに


結果


自分の足跡を辿っていたら止まらなくなるわ

笑わされるわ

泣かされるわ

考えさせるわで



過去の自分を振り返ってたってしょうがないんだけれども


当時頻繁にコメントをくれた友人の言葉に

今頃になって色々と気付かされたり



何にも考えて無い素直な私が居たりして


何年も自分で書き続けて来たモノなのに


『私って面白ぇ〜』とか思っちゃったよ






関連記事

近況 

書きたい事は山程あれど


頭の中で浮かぶ言葉は


混乱したまま纏まらない





増量された薬の副作用


日中の眠気で何も出来ず



怒りを感じては壁を殴りつける日々が続き


また食事を真面に受付けてくれ無くなったこの胃袋





決して悪い事ばかりがあった訳では無いけれど


自分の感情がコントロール出来無くて


今はこれが精一杯




関連記事

満身創痍 

今日は主治医が不在だけれど、精神科にエンシュアと頓服だけを取りに行かなきゃ行けない。
だけど脚は痛いし靴も履けない。
つっかけすら爪先迄しか入らなくてどうしようかと困っていた時に、市役所の生活福祉課の『あの』担当CWから電話が掛かってきた。

夕べの件で連絡が入ったらしく、様子を見に行きたいとの事だったけれど、午後には訪看さんも来てしまうし、夕方にはかかつけのクリニックに予約を入れてあるし、どうすりゃいいのか解らない。
とりあえず事情を説明すると、訪看さんが来る時間に合わせて顔を出すとの事。


だけど左脚だけエンジニアブーツを履いて、右脚はつっかけを爪先だけ突っ込んで外に出たけれど、駅まで5分の道程が倍以上かかってしまう程歩くのがシンドイ。

銀行で家賃の振り込みだけをしてすぐに家に帰って来てしまい、足りない薬をどうすりゃいいのか困り果てているうちに何時もより早く訪看さんが来た。

夕べ訪看看護ステーションにも連絡は入れてあったから、一通りの事情と病院へ行く事が困難な事を説明していた時に、丁度市役所のCWもやって来て、アレコレと相談していたけれど、こんな時に福祉課は何の役にも立ってはくれない。

結局は訪看さんが病院に電話をして事情を説明してくれて、先に処方箋だけを用意して貰う事になって、途中迄付き添って貰いながら病院に行って、すぐに薬を用意して貰ってとんぼ返り。


休む間もなくかかりつけ医行くと院長が私の持って来た診療情報提供書を見て「 ダイブしちゃったの?」と聞いて来るから、最近のどうにもならい調子の悪さと相変わらず収まらない身体の痛みをを話したら、「これだけ薬飲んでれば仕方無いよなぁ」「身体の痛みはストレッチをするとかマッサージに行くとか・・」と、そこ迄言われた所で「ストレッチなら気付いた時にはやってるんですよ。だけど保護を受けててマッサージになんて行けません。前に貰ったインドメタシンのクリームも塗った所にニキビが出来ちゃって、身体の痛みすらストレスになるんです。」そう言うと院長は「多分整体院でも生保扱ってる所がある筈だから、 福祉課で探して貰うといいよ」と言って、処置室にも顔を出して来て「(生活保護に関して)早く安定するといいね」と言うから「それよりも精神的な安定の方が欲しいし、薬も早く安定して欲しい」と言うと「大丈夫、きっと安定してくるからね」と言ってくれた。



結局のトコロ今回の私の負傷は右の頬骨と顎の打撲・右鎖骨の打撲・頬の擦過傷・右脚の打撲と擦過傷と親指の爪の剥離でこの有様↓





院長が「骨折した人みたいだなぁ」と苦笑いしていた。

しかも来た時よりも包帯が頑丈に巻かれて、ますますつっかけが入らなくなった上に、包帯は自費扱いなんだとさ!
ガーゼだけ交換して巻いて来た包帯を巻いてくれればいいものを・・値段聞いてびっくりだよ。
最初に言ってくれれば自分で100均で買ってるよ!


所でコレ、どうやってジーパン脱ぎゃいいの?


関連記事

だーれも助けてくれないよ 

先週の診察でトピナの血中濃度に対してデパケンが足りて居なかった事が解り、デパケンが200mg増量になった。

すぐに効果なんて出ないけれど、相変わらず気分が悪くて仕方無くて頓服の世話になっていたら、ここ数日急に食事を摂るのもどうでもいい位の吐き気と眠気で、薬だけは何とか飲んでロフトに転がっている時間の方が長かった。


昨日も朝にエンシュアを飲んだっきりで、頓服と定期の薬を飲む以外はずっとロフトに転がってうたた寝を繰り返し、寝汗をかいて悪夢を何度も見てたら気付いた時には17時。
30分程ゴロゴロしてからロフトから降り様とした途端、多分もうそこで意識を失って居たのか気付いた時には床に落ちて居て、何が起こったのかも解らない上に身体のあちこちが痛くて動けない。やっとの思いで起き上がって自分の右足を見てみたら、親指の爪が全部剥がれてちょっと触れただけでも激痛がする。

直ぐに近所のかかりつけ医に電話をしたのが18時過ぎで、普段なら20時迄開いているのにこんな時に限って受付が18時迄。

爪にばかり気を取られていたら足の脛がソフトボール大まで腫れ上がって、頬骨まで痛み出して歩く事も着替える事もままならず、何処に相談したらいいのかわからなくて#7119に電話して相談したら「救急車を出すから待ってて下さい」と言われてしまい、搬送先が決まらなくてまた盥回しになってしまう。

結局受け入れてくれたのは整形外科専門だったから、頭の検査迄は出来ず仕舞い。

手当てが終わって松葉杖で帰宅させようと準備をする看護師さんに促され、杖をついて立ち上がった途端にフラつく私を見た先生は「安全の確保が保証出来ないから、一晩入院して貰う方がいい」と言ってきたけれど、私が持ってたお薬手帳を見て「寝る前と朝の薬を抜く訳にはいかないし、この病院じゃ全てを扱って居ないから、何とか迎えに来てくれる人はいませんか?」と言われて、手当たり次第に連絡を取ってみたけれど誰も何処も玉砕して、怪我の痛みよりも心の方が辛くなって来てしまい車椅子に座ったまま泣いていた。

その間にも看護師さんと先生が彼方此方に電話をして掛け合って、時折、何度かやり取りして居た先なのか、看護師さんの「もういいわよ!」と言って電話を一方的に切った後に、先生に「頭に来ちゃったから電話切ってやっちゃったわよ。」と言った後でまた彼方此方電話をかけながら、手が空くと私の所に来て水やお菓子を持ってきたり、普段の生活の話を聞いてくれて、その上で私を慰める訳でもなく逆に叱咤されてしまった。

その間にも先生は色んな所に掛け合ってくれたけれど、私の住んでる地区の警察は管轄外だからダメだと断られ、搬送して来た救急隊もつかまらず。
結局は病院の管轄の警察が来たけれどそこからまた時間がかかって、私がやっと帰宅した頃は既に0時を回ってた。


自業自得だと解っていても、財布にタクシー代位残っていれば、入院になる位ならせめて薬を持っていたなら、今日が保護費の支給日だったから何の問題も無かったのにと、また自分の事を責めながら、頭も心もすっかり疲れ切っていたけれど、病院を後にする時に先生に言われた言葉がひっかって仕方無い。

「今後この様な事があると救急搬送されても受け入れて貰えない可能性もありますから注意して下さいね。」



そんな事言われ無くても、もう受け入れてくれなくなった病院だってあるんだよ。

散々こんな目に逢ってるから、私だって救急車になんて乗りたくなんかないんだよ!



私の事情を知った搬送先の先生と看護師さんにはとても感謝しているけれど、実家の事情があるからどうしても連絡は取れないし、同じ生保を受けている友人だってこの時期じゃ余裕なんてある筈が無いから電話なんて出来やしない。


こんな事になるのは目に見えてるから救急車になんて乗りたくなかったのに!


それなら一体どうしろって云うの?




関連記事